昭和30年10月23日 柏分譲地にて(当時はまだ常盤台とはよばなかった。)

常盤台に住んで早、うん十年。ここではたと考えました。「ここはどこ?私はだれ?」(あぶないオヤジと思わないでね。)というわけで、常盤台のルーツ探しのはじまりはじまり・・・・・
さっそくありきたりでありますが柏図書館の資料室に行ってまいりました。と、ところが・・・・探せど探せど、豊四季や名戸ヶ谷はあるのだけど、肝心の常盤台の『と』の字も出てこないじゃあ〜りませんか!思わず受付のお姉さんに情けなくも助けを求めたのですが・・・
受付のお姉さんいわく「ときわだい・・・うーん、新興住宅地ですからねー。全然ないと思いますよ。本当は、そういうのは、住民の貴方のような地元の人に資料として調べて欲しいんですよ。」
解んないから調べに来たんじゃ〜ん。新企画『常盤台昔話』はこれにていっかんの終わりか!
手ぶらで図書館から家に帰って、ことの顛末をうちのお袋に告げると、なんとお袋はなにげな顔で「常盤台の名の由来?あれはうちのお父さんたちが付けたのよ。」
がっびょーん!なっなんなんだー!青い鳥は家にいたー!と、いうわけで今回からしばらくの間、40年以上前、この地でなにがあったのか、どうして常盤台ができたのか、を順をおって連載していくつもりでございます。また、このたび貴重な写真や資料を、常盤台のことは何でも知っている「常盤台の生き字引」白土勲さんからお借りする事ができました。この場を借りてお礼申し上げます。白土さん、本当にありがとうございました!

第一回 一冊のパンフレットから

昭和30年前後の話
現在の常盤台はこの一冊からはじまった!東急不動産の柏分譲地売り出しのパンフレット。(正確にはこれは昭和31年当時の物で、28年ごろが初売り出しだったようです。)中身についてはここをクリック!(1)(2)(3)
その昔、この地は豊四季の一部でありました。パンフレットにも書いてあるとおり住所は『柏市大字豊四季向中原671番地』です。東急が28年ごろ、会社発足と同時に住宅地として売り出しをはじめました。ちなみにうちがこの地に越してきたのは29年です。当時、まだここに住んでいた人は5人程度だったそうです。翌30年1月15日、うちはこの地にはじめてのお店を開きました。食料品や雑貨を扱う小さな店で『かしわや』といいました。(現在のディリー)いつのまにかうちの店の二階には新しく越してきた新住民が集まるようになりました。この席で「いつまでも『豊四季』の一部ではなく、新しく町を創ろう!」という話が出たようでございます。この続きはまた次回に・・・・・